2016.02.16

スマートウォッチ

2015年は「ウェアラブル元年」と言われていましたが、2016年に入ってもその勢いは増している気がします。基本的には手首に装着するタイプが多いですが、大別して、バンドのように巻きつけてその数値はスマートフォン等で確認するものか、腕時計タイプになっていて、スマートフォンの小型版のように操作できるものがあるかと思います。

その腕時計タイプで有名なのがApple Watchですが、私も昨年末にゲットし、日々身に着けるようになって早や一か月が経ちました。使い勝手としては、最初はほぼデジタル時計としか活用できていませんでしたが、今や飛行機のチケットとしても活用していますし、

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あとは、活動量計としての機能も持っているので、自分がどれだけ歩いたり、運動したかを確認したり、あまりデスクワークが長いと立って動くようにお知らせが来るので、それに応じて何か用事をしたりするようにしています。

ファイル_0011他の活用方法としては、アメリカ大統領選に立候補しているJeb Bushが記者会見中にかかってきた電話に、その機能を知らず画面に触れたため、記者の前で電話に応答しその場を笑いの渦に巻き込んだエピソードがあるように、スピーカーフォンとして電話をすることもできます(この機能はあまり必要性を感じず、まだ試していませんが)。

とはいえ、トラディショナルは腕時計には当然その良さがあり、このスマートウォッチは時計の一種ですが、また“別物”という印象があります。あと、このApple Watchはまだ発展途上のデバイスだと思いますが、毎日充電をしないと2日間もたない点は、改善を待ちたいところです。

 

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2016.01.20

リズムダンス出張教室 in 東京

先日、東京都内のある小学校にて、保護者参加による、親子リズムダンス教室を見学してきました。今回はPTA主催による開催で、体育館が狭く感じるぐらい親子合わせて150人を超える方々が参加されていました。DSC_0643このイベントは、日本ストリートダンススタジオ協会(NSSA)が派遣したダンスのインストラクターが、実際小学校で教えているリズムダンスの一連の動きを、親子で楽しく学んでもらおうという内容でした。

文部科学省の学習指導要領が改訂されていく中で、「ダンス」が順次必修化され(小学校:2011年~、中学校:2012年~、高校:2013年~)、教育現場でのニーズに応えるべく活動されているNSSAのインストラクターによるレッスンはさすがでした。DSC_0648最初は恥ずかしがったり、動きが小さかったりする子どもも大人も、徐々に音楽やそのリズムに合わせて体を動かすことによって、表情も柔らかくなり笑顔も増えていきました。ダンスを踊ることで、体を動かすフィジカルの発育と、それに伴って自分を表現するメンタルや誰かと一緒に踊ることによるコミュニケーションの発育が教育の観点から注目されたのだと思います。

NSSAでは企業からのスポンサーシップによる取り組みや、メタボリックシンドロームに加えてこれからのキーワードになるであろうロコモティブシンドロームに対するダンスの観点からの取り組みもされており、これまで競い合うことを主軸としてその価値が語られてきた感のある日本のスポーツにおいては、また新しい価値をもたらしてくれそうなダンスに可能性を感じる体験でした。

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2015.12.09

He Did It His Way…

少々大げさになりますが、ニューヨークタイムズを読んでいると今年に入ってから、特に夏ごろからは Obama という名前よりも多く紙面に登場しているのではないか、と思われる人物がいます。ヒラリー・クリントンでも、ドナルド・トランプでもなく、既に他界して17年以上が経っているその人物は、今年生誕100周年を迎えたフランク・シナトラです。Frank Sinatra-color-Capitol Photo Archives_1彼は「20世紀最高・最大のエンターテイナー」と言われているとおり、音楽界だけでなく映画界でも大活躍し、いまだに語り継がれるさまざまな逸話も多い人ですが、今年は100周年にあたって彼を記念したいろいろなイベントが世界規模で目白押しになっています。特に彼の母国アメリカでは記念コンサートや展覧会の類いの開催のみならず、さまざまな回顧本や記念グッズ、未発表音源等も次々に発売されていて、古くからのシナトラファナティックの一人としては今年は出費が増えて困っている(?)といった具合です。

シナトラは、日本では “My Way”、”New York, New York” や、古くは “Polka Dots and Moonbeams” や “Strangers In The Night” 等のヒットのためかポピュラー歌手としてのイメージが強いようですが、彼のシンガーとしての神髄はカウント・ベイシーなどのビッグバンドをバックに従え、抜群のスイング感で歌う “The Lady Is A Tramp”、”Luck Be A Lady”、”Come Fly With Me” などのジャジーなナンバーの数々に見ることができますし、それは彼がそもそもジャズシンガーとしてキャリアをスタートさせ、生涯それを追求し続けたことにほかならないからだと思います。

彼はコンサートのリハーサルやレコーディング時には、伴奏をするビッグバンドやオーケストラに対して自分自身で曲想や演奏の仕方に注文をつけ、徹底的なまでに曲の仕上がりにこだわりを持っていたことはつとに有名で、レコーディング時の1曲のテイク数が20を超えることなどザラにあったそうです。また、作曲者・作詞者のみならず、曲のアレンジャーを非常に大切にしていたこともよく知られており、コンサートでは歌う曲目の紹介をする時には必ずアレンジャーの名前も添えることは忘れませんでした。

歌詞を丁寧に扱うことにも徹底していましたが、特にコンサートでは繰り返しで歌う節があると1回目と2回目とでは歌詞をちょっとアドリブ的に変えたり(That’s why the lady is a tramp という歌詞を2回目は、That’s why this chick is a tramp という風に)、同じ歌詞で歌うならば2回目は歌い方を変えてみたりと、まさにジャズシンガーとしての真骨頂が遺憾なく発揮され、その「粋」を存分に感じることができます。sintra_jackdanielsそんな彼のコンサートは、いわゆる司会者は別に立てず、コンサート中は彼自身がステージ上のすべてを仕切ることがほとんどで、しかも2時間かそれ以上のコンサートを休憩無しで一気に行うのが通例でした。そのため、普通なら休憩が入るような時間帯に10分か15分程度、シナトラがハイチェアなどに座っていろんな冗談を交えながら “おしゃべり” をする時間が必ず有りました。このハイチェアのすぐ側には小さなテーブルがあり、その上にはクリスタルガラスのデキャンターとグラスが置いてありました。デキャンターの中身は必ずJack Daniel’s Old No.7でした。シナトラはおしゃべりの時間になるとこれをグラスに注ぎ、チビチビと飲みながら、時にはタバコに火を付けてくつろぎながら話を続けるのでした。彼がこのスタイルを始めたのは1940年代後半からで、それ以降は亡くなるまでの半世紀にわたって変えることはありませんでした。

こうしてみると、シナトラはいろんな物事に「こだわりの人」だったことが窺い知れますが、そのどれをも貫き通したということにまた「粋」を感じますね。

ちなみに、シナトラが生涯こよなく愛したOld No.7のバーボンウィスキーは、彼が亡くなったとき、フラスクに満たされて棺に入れられ、彼とともに埋葬されています。正に彼がコンサートでおしゃべりのあとに歌う定番の1曲だった “One More For The Road” を地で行った格好です。IMG_0476このウィスキーを生産するJack Daniel蒸留所は今年、シナトラ100周年記念として特別に仕上げた限定品の “Sinatra Select” というウィスキーを発売しました。原酒は通常のNo.7と同じなのですが、特別にオーク樽の内側を強く焼いて溝を付けた専用の “シナトラバレル” で熟成させた限定品で、値段は175ドルもしますがモノ好きやファナティックにとってはプライスレス(?)。(最近さらに限定100樽の “Sinatra Century” なるウィスキーの発売も発表されましたが、こちらは何と500ドルだとか!)

さて、このSinatra Selectボトルの封を切る日は・・もちろん12月12日、シナトラの100歳の誕生日。

彼のレコードに針を落とし、粋に味わってみるとしましょう・・曲は “Nice ‘N Easy” で。

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